知識と情報の小径【領収書編】

領収書にまつわる優れたコラムや興味深いコラムを紹介する小径です。

コラム  ┏━━━━━━━━━━━━┓  ┃  ROAD and SKY ┃vol.17  ┗━━━━━━━━━━━━┛W.K.MONOLOGUE ‡1986(昭和61)年05月21日(水)写真◆『ShogoStation』NO.7  1986(昭和61)年06月発行 会報第17号全12ページ。【HOT WORDS】【BY THE SIDE OF THE ROAD】【W.K.MONOLOGUE】【IN SILENCE】【SPECIAL DELIVERY】で構成。【ShogoStation NO.7】ファンコーナー  https://shogo.r-s.co.jp/fanclub/backnumber/backnumber017.html  https://ja.wikipedia.org/wiki/J.BOY_(アルバム)  ┏━━━━━━━━━┓ ②┃ 『LOVE TRAIN』 ┃  ┗━━━━━━━━━┛ ‡1977(昭和52)年05月21日(土) released  1985(昭和60)年12月01日(日) released 再 発  1990(平成二)年06月21日(木) released 再々発  ┏━━━━━━━━━━┓ ④┃ 『Mind Screen』 ┃  ┗━━━━━━━━━━┛ ‡1979(昭和54)年05月21日(月) released  1985(昭和60)年12月01日(日) released 再 発  1990(平成二)年06月21日(木) released 再々発 ②https://music.amazon.co.jp/albums/B00FS7V7AW  https://ja.wikipedia.org/wiki/LOVE_TRAIN_(浜田省吾のアルバム) ④https://music.amazon.co.jp/albums/B00FS7URNA  https://ja.wikipedia.org/wiki/MIND_SCREEN  ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓  ┃  『SHOGO HAMADA 25 HOURS A DAY』 ┃  ┃    浜田省吾フォト&ワーズ集    ┃  ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛  PHOTOGRAPHSーー大川装一郎  WORDS─────浜田省吾  ART DERECTION─染谷純一:HEAD BUTT  PRODUCE────岩崎恵子  発行人─────功刀良吉  発行所─────株式会社CBS・ソニー出版  発行日─────1984(昭和59)年5月21日(月) 第1刷発行  発行日─────1984(昭和59)年6月06日(水) 第2刷発行  製作──────GB編集部 この本が僕の手元にあるのは、幸運以外のなにものでもないんです。あれは、忘れもしない19才のある晴れた日の昼下がり。平塚の駅前商店街を歩いていた僕は、なにげにあるレコード店に立ち寄りました。いつものように買うわけでもないのに、“ニューミュージック・は行”の棚をチェック。“浜田金吾”の後に、“浜田省吾”のアルバムが何枚揃っているかを確認して、このお店の浜省度をチェックします(笑)。全作は揃ってないものの、最新作以外にも3,4枚あったので、「まぁ、よしとするか。」と、ひとりごちて、帰ろうとしたところ、レジの横にこの本が平積みされていました。しかも、その上には手書きのポップで、“ご自由にお取り下さい。”の文字が!! 思わず手に取った僕は、パラパラと中身を確認しつつ、裏を見ました。定価1300円。  僕 「あのぉ~、この本、貰っていいですか?」 店員A「はい、どうぞ。」  僕 「ここに定価1300円って書いてありますけど…。」 店員A「あ~ぁ、いいんです。古いやつで、売れ残りですから。差し上げます。」  僕 「はぁ~、では、1冊頂きます。」 僕が19才ということは、1987年です。出版してから3年しか経っていないのに、古いやつとは…。しかも、売れ残りって、これ、1984年6月6日発行の第2刷ですよ。初版が好評だったから、次を仕入れ過ぎたってこと?どういう経緯にしろ、なにも、無料で配らなくても…。 あまりの驚きに一冊しか貰ってこなかったのですが、後で友達に「なんでオレの分も貰ってくれなかったんだよ。」と怒られてしまいました(汗)。今となっては、浜省ファンの間でもレア・アイテムとして知られるこの写真集ですが、もう、運命の出会いとしか言いようがないです(涙)。 この写真集は全編モノクロの写真で、それぞれに浜省自身の言葉が添えられています。とてもウイットに富んだユーモアのあるコメントです*1。また、写真の間には、ライブでのMCや雑誌でのインタビューの内容が、数ページに渡って引用されています。 アパートに持ち帰った僕は、何度も何度もその写真を眺め、文章を読み、僕が出会う前の、1980年から1984年の浜省を追体験したものでした。 僕の好きなコメントと、ライブのMCを抜粋してみましょう。  『ロッキー』を観たとき、なんて単純なストーリーなんだ、と思ったけど、本当はすごく感動したんだ。シルベスター・スタローンってヤツは、きっとセンチメンタルなヤツなんだろうな。内気で何も持たない男が、頑張って自分の存在を証明しようとする。そんなお話は世間じゃもう、クサイとかダサイとかいわれている時代にさ。男のかっこよさって、今も昔も同じ。頑張って、何かをものにする。それはやっぱり、いかしてる男の姿なんだ。  1983(昭和58)年1月24日(月) 郡山市民会館  (中略)  「『E.T.』も『愛と青春の旅立ち』も、非常に、昔からよくあるパターンの物語で、ひとつはディズニー・タッチの映画、おとぎ話、もうひとつは典型的なハリウッド的ラブ・ストーリー。だけど、どっちも僕はすごく胸が熱くなっちまって。アメリカでも、その2つの映画が去年、ものすごくヒットした。で、日本でも同じようにヒットして、なぜだろうと思った。  その底辺に流れてるのが、どちらとも、すごく純粋な愛と、人を信じる、信頼、絆っていう、そういうテーマがあって、それが人の心をうつのは、たぶん、裏返してみると、今の世の中、愛と信頼が失われている、そういうことなんじゃないかな、と思いました。--たぶん、そういうところから、みんなせめて映画の中とか、そういう物語の中に、そういうものを求めてるんだろうな、と思う。  僕の今度のアルバムは“Gate of the Promised Land”っていうタイトルをつけたんだけど、直訳すると“約束の地の門”。ちょうど僕らは、神か自然かわからない、約束の地を与えられて、その門の下に今、立ってて、そっから今、出て行こうとしてるのか、これからその中に入ろうとしているのか、そういう時代にあるような気がします。」  1983(昭和58)年8月13日(土) 海の中道公園  (中略)  「ただひとりの人を見つけて、その人を愛し、そして、また子どもが生まれ、ふたりができなかったことや、やれなかったこと、そして、やり残したこと、それを子供に託していく。そんな単純で素朴な人生が、僕はいい。それがいい。だけど、僕をとりまくいろんなこと、それはときにあまりに複雑で、そして、すれ違ってしまって。  そんなとき、僕は自分にこんなふうに語りかける。おい、省吾、あんまりまわりのことを気にするなよ。疲れ果てて、何もかも嫌になったとき、帰って行く、帰って行ける場所を、ただひとつだけ、探しておくんだ。--それは、きっと、陽のあたる場所」 まだまだ、好きなコメントやMCはいっぱいあるのですが、あげればきりがないので、この辺でやめときます。 あんまり見過ぎて、少し手垢で汚れてしまっているけれど、ページをめくると若き日の浜省とともに、僕の19才の思い出が甦る、そんな一冊です。  http://d.hatena.ne.jp/tk1968/touch/20110824/1314201353    ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓  ┃ よしだたくろう 全国縦断リサイタル '74 秋 (愛奴・春のツアー) ┃  ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ ‡1974(昭和49)年5月21日(火) 04回 渋谷公会堂 一日目  1974(昭和49)年5月22日(水) 05回 渋谷公会堂 二日目  01♪おろかなるひとり言♪  02♪ひらひら♪  03♪君去りし後♪  04♪むなしさだけがあった♪  05♪親切♪  06♪竜飛崎♪  07♪もうすぐ帰るよ♪  08♪祭りのあと♪  09♪落陽♪   ♪これからは君の世代だ♪   ♪夏の光の中で♪  10♪今日もまたペニーレインで♪ ※♪ペニーレインでバーボン♪の原曲  11♪襟裳岬♪   12♪高円寺♪or♪リンゴ♪  13♪夏休み♪  14♪忘れかけた一日♪  15♪野の仏♪  16♪シンシア♪  17♪イメージの詩♪  18♪私♪ ※♪悲しいのは♪の原曲  概要・・・デビュー後初めて開催された単独コンサートツアーである。日本のファークシンガーとして初の全国ツアー。広島フォーク村の後輩である『愛奴[29]』をバックバンドに従えた全国縦断ツアー[30]。  http://setlist.mx/concerts/215339 http://setlist.mx/events/40308?page=1  https://www.uta-net.com/song/51514 https://www.uta-net.com/song/44469 2nd ALBUM LOVE TRAIN CSCL-1162 1977/05/21 released 01 雨の日のささやき 02 恋に気づいて 03 君に会うまでは 04 愛のかけひき 05 君の微笑 06 ラブ・トレイン 07 ラストダンス 08 五月の風に 09 悲しみ深すぎて 10 行かないで Produced by 鈴木幹治(東京音楽出版) Directed by 蔭山敬吾(CBS/SONY) Sound Produced by EDISON Recorded and Mixed by トミー和田 Drums 村上秀一 Bass 小原礼 岡沢章 Keyboard EDISON Electric Guitar 大村憲司 安川ひろし Acoustic Guitar 吉川忠英 矢島賢 笛吹利明 Percussion 斉藤ノブ Backing Vocal 町支寛二 Photographer 若杉憲司 Designed by 佐藤徹 Freedom Studio. Epicurus Studio 君に会うまでは 腕組み歩くよ 夜の町 ふたり 踊り疲れて 少しだけ お酒も飲んで 最終電車に遅れないように いつもは もう 駅への道を歩いている頃なのに 今夜は そっと時計を君はバッグにしまい 僕も気づかない振りで どこまでも歩くよ 古い橋の上から 電車が行くのを見ている 少し震える君の肩先 「僕のセーターかけなよ」 君に恋して気づいた 僕はまだ子どもだと それとも 初めて自分を見つけたのかな またひとつ町の灯り消えてゆくよ 愛したことなど一度も無かった こうして君に会うまでは 「どんなジャンルであれ、デビュー作にその創作者の全てが入っている」とよく言われますが、オレの場合、ファースト・アルバムとセカンド・アルバムであるこの『ラブ・トレイン』を合わせたものがデビュー作なのかな、と後になって思うようになりました。歌詞に重きを置いたロックなテイストの1作目、そして、子どもの頃夢中で聴いたポップ・ミュージックを下敷きに、メロディーを大切にした2作目。『生まれたところを遠く離れて』のシリアスな歌詞や力が入り過ぎている感のあるヴォーカル、これらに対して「浜田はもっとメロディアスでポップな曲が作れるじゃないか、その魅力を生かしてないよね…」ということで、2作目はとにかくいいメロディーを作ろう、ポップなアルバムにしようということになったんですね。環状7号線沿いのアパートの部屋は落ち着いて曲を作れるような環境ではなかったので、毎日散歩というか、一日中歩き回ってメロディーを考えてました。下北沢あたりは本当によく歩いた町のひとつです。『愛のかけひき』は朝部屋を出て、夕方戻った時に出来上がっていたのを覚えています。メロディーを作ること、詞を書くことに凄く苦労したという記憶は無いです。今でも好きな歌が沢山入っているアルバムです。『雨の日のささやき』『君に会うまでは』『ラストダンス』『行かないで』…どの曲も型にとらわれず、伸び伸びと書いているところが良いと思います。 『ラブ・トレイン』の作詞は松本隆氏です。松本さんが作詞家としてスタートしたばかりの頃です。後一年遅かったら忙しすぎて、依頼は断られていたでしょうね(笑)。松本さんと言えば、愛聴していた『風街ろまん / はっぴいえんど』ですから、どんな詞が出来上がってくるんだろう、って楽しみにしていました。正直言うと最初は驚いたんですよ、イメージしていたものと違っていたから。今、この歌詞を読むと実によく書けている、まさにプロの作詞家の歌詞だなと思うんですが、当時は「はっぴいえんど」のイメージがあったから戸惑いましたね。それで、もう少しリアルな感じを出して頂けますか?と伺いを立てたら、「それは歌で表現して下さい」と返事が返って来て、お見事!一本取られました、って感じでした(笑)。不思議なことに、そんな風に曲作りのことはよく覚えているんですが、レコーディングやMIXのことになると全くと言っていいほど何も覚えてないんですよ。頭の中にレコーディング・スタジオの映像が全然浮かんでこない(笑)。どうしてだろう?…謎です。ヴォーカル・ダビングもどこのスタジオで歌ったのか覚えてません。ヴォーカルと言えば、このアルバムに関して一番悔いが残ったのは歌ですね。ファースト・アルバムでは目一杯力んで歌ったので、その反動というか、ポップな感じでいこうというのを意識し過ぎて今度は柔らかく甘くなり過ぎているんですよね。あとKEYの設定が全体的に高いです。歌っている時の高揚感はKEYが高い方があるのですが、自分に相応しいKEYを見つけることがまだ出来ていない時期でした。サウンドに関しては、アレンジャーのエジソンさんは「音数の少ないシンプルなアンサンブル」を目指していたんだと思います。ただMIXの段階でエンジニアの方との相性、もしくは意志の疎通に問題があったのか、思い描いたサウンドになっていないのでは無いか、と察します。今だったら、「やり直そうよ、やり直すとしたらこうしよう」という環境も経験もあるけど…当時はやり直すということは考えられないことでした。スタッフ、ミュージシャン、それぞれがベストを尽くして作品というものは作られるわけですが、最終的には「誰々の作品」として名付けられ、大袈裟に言えば、そのアルバムを背負い、一生付き合っていくのは本人ですから、納得がいかなかった場合は落ち込みますよね。正直暫く落ち込んでました。しかし、それが誰の責任なのか、突き詰めれば、結局は自分の責任なんですよね。『生まれたところを遠く離れて』から『君が人生の時…』までの70年代に発表した5枚のアルバムを廃盤にしたい!なんて話を、本とか雑誌のインタビューやステージのMCで、自虐的な笑い話にしていましたが、それらはまさに習作時代の作品で、自分の中の迷いや弱さやふがいなさが現われている、それを見るのが辛く恥ずかしいんですよね(笑)。でも、この時期があったからこそ後の自分があるわけです。そして、その時期に潰れずに、持ちこたえ、乗り越えることが出来たからこそ、客観的に振り返ることが出来るようになったわけです。もっと視野を広げると、日本のロックやポップ・ミュージックに関わっていた全ての分野の人達もまた皆まだ若く経験も浅かったと思います。みんな学習していた時期です。そして、それが花開くのが80年代、実がなるのが90年代だったのかなと今になって思います。リリース後の反応は「一体、路地裏の少年はどこへ行ったの?」と皮肉っぽく言う人もいれば、「本来の浜田らしさが出て、このアルバムいいじゃない!」と言ってくれる人もいて、送り手と聴き手というのは違うものなんだな、ということも学びました。ラガー・シャツとサッカー・パンツにテニス・シューズ、サングラスに長髪…、これもまた後によくステージのMCでジョークにしていたレコード・ジャケットですが、実は全然嫌いじゃないです。確かに最初はどうなんだろうこれ、オレに似合ってる?って感じでしたが、時が過ぎて、今は色んなことが理解出来ます。何せファースト・アルバムの表一の衣装といったら、母親のカーディガンに親父のジャンパーですから(笑)。ディレクターの蔭山さんもプロデューサーの鈴木さんも今度はちゃんとしてあげよう、と思ったのでしょうね(笑)。アルバムはポップな仕上がりだし、二人ともファッションに通じていたので、当時流行のスポーティー・ファッションを取り入れたんですね。しっかりマーケティングされたポップなレコード・ジャケットになってます。レコード店の店頭に並んだ時に目をひくようにというスタッフの意図が強く伝わります。とにかく、このセカンド・アルバムはファースト・アルバムの蹉跌を反面教師にした、ある種「鏡」のような作品です。そういう意味で二枚合わせてデビュー・アルバムかな、と思います。二つのアルバムの持ち味をバランス良く最初から出すことが出来たらよかったのでしょうが、振り返ってみて……うーん、無理だったでしょうね(笑)。結果的には、それがちゃんと出来るようになるまで、あと数年かかることになります。このアルバムがリリースされた後、ライブには町支くんがサポート・ミュージシャンとして参加してくれるようになります。AIDOのライブと重なっていないかぎり、駆けつけてくれましたね。何せオレはドラムのスティックからギターに持ち替えて一年という状態でしたから、彼のサポートの頼もしかったことといったら…(笑)。彼はいつも陽気で、結構きつい状況の演奏旅行だったのですが、一言も不満の言葉を漏らすこともなく、ミュージシャン・エゴを出すこともなく、心よくサポートに徹してくれました。安宿で過ごす夜、夜行列車での長い移動時間、オレ達は暇を持て余して、よくカード・ゲームをしました。普段あんなに温和な町支くんですが、負けず嫌いな性格の凄いこと!勝つまで寝かせてくれないんですよ(笑)。その後30数年、ずっと一緒に演奏旅行を共にしています。  https://shogo.r-s.co.jp/disco/album02.html MIND SCREEN CSCL-1164 1979/05/21 released sound  01 子午線  sound  02 幻想庭園  sound  03 インディアンサマー  sound  04 愛を眠らせて  sound  05 いつわりの日々  sound  06 ダンシング・レディ  sound  07 朝のシルエット  sound  08 サイレント・ムーヴィー  sound  09 グッド・ナイト・エンジェル  sound  10 悪い夢  Produced by 鈴木幹治(東京音楽出版) Directed by 須藤晃(CBS/SONY) Sound Produced by 水谷公生 Recorded and Mixed by 吉田保 Drums Robert Brill Bass 岡沢茂 Piano and Keyboards 佐藤準 Guitar 水谷公生 Acoustic Guitar 笛吹利明 Percussion 斉藤ノブ Saxophone Jake H.Concepcion Backing Vocal 町支寛二 Photographer 清水清太郎 Designed by 矢野雅幸 CBS/SONY  信濃町Studio. Onkio Haus. Sound City Studio. Media Studio.     悪い夢 若き夢 追いかけて ひたすら駆けてきた 子どもの頃の貧しい日々 怒りをバネにして いつわりも 裏切りも かけひきも 飲みほし 遠くへ ただ遠くへと ここまで来たけど 坂道を振り向けば そこにいたはずの友も恋人も見えない でももう今は引き返せない まるで悪い夢を見てるみたいだけど 飛び跳ねて落ちてゆく 束の間の刹那を つなぎ合わせ 生きてきただけ 何ひとつ得られずに 僕はただ無駄な日々 過ごしてきたのか もう一度 やせた翼で どこへ飛び立とう 黄昏に振り向けば 涙がこぼれちまう ひとり 帰り道 でももう今は引き返せない まるで悪い夢を見てるみたいだけど    もしも人生をやり直せたら…と考えることって誰でもあるんじゃないかな。あの時こうしていたら…とか、あんなことしなければ…とか考えるけど、自分が現在置かれている状況というのは、誰のせいでもなく、かつて色んな局面で自分が選択したり、やったりしたことが連なり、積み重なった結果なんですよね。もし20歳の時にAIDOというバンドに参加しなかったとしたらどうだろう、今こうして音楽をやっていただろうか。……ハイ、それでも、間違いなくオレは音楽をやっていたと思います。少年時代、音楽に対する愛情は何物にも勝るものでした。初恋の相手はR&Rですから(笑)。もちろん、今とは全然違う音楽人生になっていたとは思いますが、曲や詩も書いていたでしょうね。歌詞に関しては、違う人生なら、全く違った歌詞になったと思いますが、メロディーに関しては同じようなメロディーを作っていたんじゃないかと思います。何故こんな話をするかというと、もしも、この4作目のアルバム“MIND SCREEN”の歌詞を当時全曲自分で書いていたら、というか書けていたら、きっと今もステージで演奏している曲が何曲もあっただろうな…と思うんですよね。というのは、メロディーの完成度は初期のアルバムの中で最も充実しているんですよ。どの曲もポップでキャッチーなメロディーを持っています。しかし、振り返ってみて、どう考えても自分で歌詞が書けたとは思えないです。前作の『イルミネーション』から煮詰まり始めた作詞ですが、このアルバムの時はもう何も書ける気がしなかった。自分が何者なのか完全に見失い、混乱していました。そこで、制作スタッフの中から作詞家に依頼しようという意見が出てきたのだと思います。当時はまず最初にリリース日が設定され、それに合わせてレコーディング・スケジュールが組まれ、曲作りをそれに間に合わせる、というものでした。『イルミネーション』が78年の9月末にリリースされて、その8ヵ月後にリリースされる訳ですから、時間的にみても無理だったでしょうね。このアルバムの、編曲と演奏、ミックスを合わせた、サウンドのクオリティーは素晴らしいものがあります。ポップ・アルバムとしての完成度は高く、水谷公生さん、レコーディング・ミュージシャン達、エンジニアの吉田保さんの技量の凄さを感じさせます。でも、このアルバムもまた、レコーディングの風景というものが殆ど浮かんで来ないんですよ(笑)。自分がサウンド作りに参加出来るスペースと余裕というものが無かったんでしょうね。とにかく曲と歌詞を締め切りまでに間に合わせねばならない、それが最優先される状況でした。もし、サウンドに関しても自分がアレンジやスタジオ・ワークに参加するとなると、一枚のアルバムを制作するのに最低でも12ヶ月は必要だったでしょうね。そんな中、自分で詞を書いた『いつわりの日々』『Good Night Angel』『朝のシルエット』の出来は悪いものでは無いし、『悪い夢』は当時の気持ちがそのまま素直に歌になっています。作詞家に依頼したものの中では『子午線』の森田由美さんの歌詞は実によく書けているなと感心します。イントロの佐藤準さんの弾くシンセの音色とフレーズが美しいです『イルミネーション』がリリースされて暫くして、CBS/SONY内の人事異動で新しいディレクターがオレの担当になりました。後に尾崎豊くんを発掘し育てたプロデューサーとして高く評価されることになる須藤晃くんです。食事の席が設けられ、人事異動の説明の後、制作部長から紹介されて知ったのですが、オレと同い年、東大英文科卒、アメリカ放浪の旅から帰国して入社ということで、面白そうな人だなと思いました。でも最初は、互いに社交的な人間ではないので、ぎこちない感じでしたね。彼がオレにアドバイスしてくれたことで印象的なのは「レコーディングってのは記録することだから、完璧でなくても今ある歌詞を記録すればいいんだよ」という言葉ですね。彼にとってはリリースの締め切り間近で焦って出たフレーズかもしれないけど(笑)、説得力のあるディレクターらしい励ましの言葉でした。70年代の終りから80年代、彼とオレはまさにクラスメイトのように一緒に学習し成長していったという感じがあります。  https://shogo.r-s.co.jp/disco/album04.html 18 浜田省吾 ラジオ番組 君が人生の時 82 18  23:25  ①シアトル行き最終♪リンダ   ②恋に気づいて   ③君に会うまでは ④行かないで ※この放送をやっているのは、東京プリンスホテルの近くで録音、小麦色のマーメイドの肌の女話。※EDISON=渡辺君、後にマリファナで逮捕され消息不明。※『LOVE TRAIN』を3カ月聴かなかった    https://www.youtube.com/playlist?list=PLmQIzKRWaBRXvAjoIwvtD17ZvXeImazSN  音源◆グッドナイトエンジェル【歌詞違い】http://youtu.be/JZn0XAR8N1s  1978(昭和53)年04月23日(日) 日本教育会館   アルバムが発売される1年以上前 当時は、こんな歌詞で歌われています。  何も言わずに ただ身体寄せ合い  束の間の慰めに身をまかせて  聴こえるのは雨音 曇りガラスに映った  ランプの灯りに照らされて  君の白いスーツに ワインこぼした   あれは2時間前 名前も知らず  今は僕の腕の中 ブルースくちづさむ  僕は暗闇 見つめてる  GOOD NIGHT ANGEL 君は君の  GOOD NIGHT ANGEL 僕は僕の  道を歩いてく この夜が終わる時  二度と会えない そんな気がする  暮らしていくだけで 精一杯  遠い昔に見た 夢の楽園  時はあまりに早く子供のままの僕らを  冷たく置き去り過ぎてゆく  GOOD NIGHT ANGEL 君は君の  GOOD NIGHT ANGEL 僕は僕の  心の隙間を埋め合い別れてゆく  二度と会えない そんな気がする  心の隙間を埋め合い別れてゆく  二度と会えない そんな気がする  ┏━━━━━━━━━━━━━━━━┓  ┃NHK-FM『マイ・セレクション』┃  ┗━━━━━━━━━━━━━━━━┛DJ:浜田省吾  1987(昭和62)年8月24日(月) ON AIR   http://www.uta-net.com/song/78347/   1977(昭和52)年[24歳] M03.♪恋に気づいて♪  http://www8.big.or.jp/~most/bbs/nfm3.html  削除音源◆浜田省吾 ラジオ番組 マイ・セレクション Vol.① https://youtu.be/9ZBvEBwQ-ns  ※これは1987年8月にNHK-FM『マイ・セレクション』という番組で放送されたものから、にゃみこさんがテープ起こし&タイプ打ちしたものです。14曲分、いきまっせ~~~!!    ■1977(昭和52)年[24歳] ♪路地裏の少年♪が終わって)・・・・ 1976年の春に出たアルバム『生まれたところを遠く離れて』から♪路地裏の少年♪でした。このアルバムが出た時は僕はもう23歳で。さて、次のアルバムはだから当然1977年、24歳になっていたわけですが、『ラブ・トレイン』というアルバムを作りました。なんか、久々に、なんか敬語でしゃべるから、なんかいつもは 「お前よー」とか言っているのに、「なりました」とか言っているから、なんか舌が、えー、うまく回りませんが・・・。えー、『ラブ・トレイン』を作ってー、コンサートをやった頃はまだやはりバンドもなくって・・・。『愛奴』というグループが解散して、今ずっと一緒にやっている、えー町支君と二人でライブハウスをまだ生ギターで回っていたんだけど・・・。 当時やっぱりねぇ、あのー、ほんとに、売れていない。だからどっかライブハウスに行くといっても経費が出ないっていうんで、マネージャーが一人付いて俺が一人行くか、一緒に生ギター・バッキング、て形で町支君が来るか。二人分の予算が無い、ていうんでねぇ。えー、町支君がマネージャー兼バッキング・ギタリストをやってた、ていうのは結構長くて・・・。例えばラジオ局に行って町支くんが、「浜田のマネージャーの町支です」とか言ってねぇ、ギャラをもらって、領収書を書いた後、自分がギターを出して、俺のバックでコーラスとギターを弾く、という寂しい状況があってねぇ、俺が声が出なくなると彼が駆けずり回って、あのー、針の医者を探してくれたりねぇ。本当にあの頃から長く二人でよく頑張っているなぁ、と思います。その頃はまだねぇ、あのー、環状七号線って東京にあるんですが、道路がね。もう、最も空気が悪い一帯と言われているんだけど、そこの世田谷代田っていう所に住んでて、もう、窓の下がすぐ環七でねぇ。四畳半のやっぱり部屋で、当時、まだ結婚していませんで、後に結婚する私の家内と一緒に、同棲生活というやつを4,5年やっていました。二人とももちろん働いていてお金がなくてねぇ。で、僕なんて定期を持って通うというねぇ。「定期を持ったフォークシンガー」っていうんで、俺は非常に煮詰まっていたんだけど・・・。やっぱり一回づつ切符を買うのは大変だ、って言うぐらいお金がなくてねぇ。で、彼女が働きに行くもんだから、そのー、夜は早いわけですね。10時ごろには寝る。だから俺は、そのー、曲を書く時は台所に座って・・・。台所の流しの上に座って・・・。あのー、本当にこんな話をしてもいいんだろうかと思うんだけど・・・。もういいよね。10年も前の話だから・・・。台所の流しに座って曲を作っていた、ていうね。あとは、あの辺の羽根木公園の方をブラブラ、ブラブラ歩き回りながら、あのー、メロディーを作ってた。例えばすごい想い出すのは、♪愛のかけひき♪ていうのは、そのあたりを5時間ぐらい歩き回って作った、ていうエピソードもありまして・・・。でも、今想うと、まあ、楽しかったかな。過ぎてしまえばなんでも皆「楽しい」と言ってしまうんですが・・・。本当に、あのー、まぁ、煮詰まってた。どうやってこれから音楽をやっていこうかと煮詰まってた頃の、えー、僕がこのアルバムの中には沢山出てきます。『ラブ・トレイン』の中から♪恋に気づいて♪・・・・(♪恋に気づいて♪が流れ始める・・・・)    ■1978(昭和53)年[25歳] ♪恋に気づいて♪が終わって)・・・・   ■1979(昭和54)年[26歳] ♪片想い♪が終わって)・・・・ ♪片想い♪。 え『イルミネーション』というアルバムからなんですが・・・。この『イルミネーション』 から、水谷公生さんという人とね、その後4,5年ずっと一緒にレコードを作っていくわけです。 彼がサウンド・プロデューサーをしてくれてね。でー、彼がいつも思い出話の中で言うんだけど、この『片想い』を聞いた時、それまでは、ピンとこなかったって言うのね、正直言って。でも、この『片想い』は、デモテープをもらってうちで聴いてたら奥さんが、「この歌は凄くいい歌だ。きっとこの子は、」アハ、この子になっちゃうんだよね、だいぶ年が上だから・・・「この子はきっと成功するよ。」って、「公生、絶対やってみるべきよ。」とかって言われた。っていうのをいつも聞かされます。 丁度そのとき彼はお母さんを亡くしたばかりで、「お母さんの遺骨の前でこの曲をアレンジしたんだ。」なんて、えー、よく聞かされてたんだけど・・・。その彼もその奥さんと離婚してしまいまして・・・。えー、で、僕も、えー、つい最近の話しなんですが、父を亡くしまして・・・。あのー、僕の口癖はねー、『君が人生の時』ていう、5枚目のアルバムまでは「廃盤にしてくれ」っていうのが俺の口癖で、あれは恥だから、絶対に誰にも聞かせたくないから、「廃盤にしてくれ!」とかっていつも言っているんだけど。そのー、父を亡くした時に、横浜から父の郷の山口までね、棺を、あのー、車に乗っけてずっと帰ったのね。16時間位かかったかなぁ。その時に生まれてはじめて自分の『愛奴』のファースト・アルバムから、最新のアルバムまでね、順番にずーっと聞いてったんです。そしたら自分が凄く嫌だ嫌だと思っていた5枚目位のアルバムまでも、なかなかいいんじゃないかと。あのー、色々苦労はしているけれど、稚拙な歌は沢山あるけれど、その時その時なりに小さな、ね、まだ小さな男の子と呼んでもいいような男の子が、一生懸命歌を作っているなー、みたいのが、えー、伝わってきて。で、最近はまあ、廃盤にしなくてもいいか、ということで今日もラジオで昔の曲を、えー、恥ずかしくもなく、聞いてもらっているわけです。さて、次に聞いてもらうのは、これも「廃盤にしたい、したい」と言っていたアルバムの一つなんですけど、えー♪グッド・ナイト・エンジェル♪という曲で・・・。当時わりとリズムっぽいものをやりたくて、ポップなリズムっぽいものをやりたくてこんな曲も作ってました。1979年で、僕は26歳でした。♪グッド・ナイト・エンジェル♪・・・・・(♪グッド・ナイト・エンジェル♪が流れ始める・・・・)  [26歳] http://www8.big.or.jp/~most/bbs/nfm5.html   ■1979(昭和54)年[26夏] ♪グッド・ナイト・エンジェル♪終わって)・・・・・ この頃は町支のコーラスもまだまだシンプルで、なかなか、なかなかって感じですが・・・。えー、26歳の夏だったと思うんだけど、友達にナシキ君と、中原君というのがいて、高校時代の友達で、すっごい仲が良かったのね。でー、ナシキ君はバスケット・ボール部のキャプテンでねぇ、女の子に凄くもてた。中原君は、えー、チョッとお金持ちの息子で、ちょっとニヒルなところがあって、やっぱり女の子にもてた。俺は野球部で丸坊主で、あんまり女の子にもてなかったんだけど、とにかく仲が良かった。で、久しぶりに会ってねぇ。赤坂のビルかな? 上にビアガーデンがあるんだけど、そこにビールを呑みに行った。でー、26歳だから、俺はまー、そんなにまだ芽が、そのー、出てなかったんだけど、ミュージッシャンとして、まあまあやり始めたところで。ナシキって奴は、九州大学の理工学部を出て勤めていた。で、中原は、早稲田へ行って、えー、あのー、アルジェリアとかねぇ、留学したのね、1回。フランスに留学して、そのまま、あのー、向こうに住んで、アルジェリアとか、もう70何カ国かなぁ? アフリカ、インド、あっちこっちを回って放浪の旅をしている真っ最中で、久しぶりに会ってねぇ。みんなで会って、そのー、話をしたわけね。ナシキはナシキで、俺と中原のことを、「お前達はいいなぁー。 中原お前はあっちこっち旅行して、気ままに人生を送って。で、浜田は浜田で好きなことやって。俺なんか毎日今日も・・・」その日もねぇ、あのー、白いシャツにネクタイをしてたんだけど、「こんな暑い日もネクタイして・・・」とか言ってる。で、中原は、「イヤー、そんなこと言っても浜田やナシキはもうやることが決まっていて、ビッシリ歩いているけど、俺なんかまだフラフラしている。今からまた俺は大学に戻って、今度は建築の方をやろうかと思っているんだ・・・」とか言ってる。で、俺は俺で、「中原は気ままであっちこっち行って・・・」とかねぇ、「ナシキはほんとにもう将来設計もしっかりして・・・」10歳ぐらい年下の女の子と付き合ってたんだけど、その後に結婚しましたが、えー、「いい彼女もいて・・・」とかねぇ。お互いが、お互いの人生をねぇ、えー、確かめ合ったというかねぇ・・・。俺って本当にこれで良かったのかなぁ、なんてね。丁度26位ってそんなこと、みんな思うのかなぁ?そんな感じのビアガーデンの夜、っていうのはいまでも覚えていて・・・。夏になるとねぇ、あいつらいったい何をしてるかなぁー、なんてね、思ったりします。で、その夏、夏だったかなぁ、多分夏だったと思うんだけど、やっと俺もヒットらしいヒットというのが、まあ、たいした事なかったんだけど、出た。それがこの曲です。しばらくはCMソングだっていうんでねぇ、スゴイ抵抗があって、ステージで歌わなかったんだけど・・・。あのー、なかなか、今になってみりゃぁ、(フッ)いーんじゃぁないんか、って感じで・・・『風を感じて』 ・・・・・(『風を感じて』が流れ始める・・・・)   ON THE ROAD '94 (THE MOMENT OF THE MOMENT) ⇒ 5/18(水)、21(土)代々木第一体育館と7/9(土)横浜アリーナに参加した。「傷だらけの欲望」のフィルムが艶かしく、裸のおねえちゃんが映っていた。スクリーンの映像が縦に3分割していて、どんどん映像が切り替わっていくのでどれを見てよいのか大変だった。  http://www9.plala.or.jp/bt-pearl/dear_memories.html  ┏━━━━━━━━━━━┓  ┃『TOKYO INSTALLATION』┃  ┗━━━━━━━━━━━┛ ‡1986(昭和61)年05月21日(水) on sale CD BOOK♪滑走路-夕景-♪  井上鑑「水辺にて」http://www.flashandshadow.com/shogo/discography/col/colab_12.html  音源◆SHOGO HAMADA - RUNWAY LIGHTS EVENING  https://youtu.be/GvgNYh5fMyM  ┏━━━━━━━━━━━━┓  ┃『ON THE ROAD "FILMS"』┃  ┗━━━━━━━━━━━━┛ ‡1989(平成元)年05月21日(日)  初リリース  2000(平成12)年07月05日(水)  再リリース  2005(平成17)年08月31日(水) 再再リリース ①1988(昭和63)年05月15日(日) ON THE ROAD '88 at 国立代々木オリンピックプール ②1988(昭和63)年08月20日(土) A PLACE IN THE SUN '88 at 渚園 ③1988(昭和63)年11月19日(土) 有明MZA ④1989(平成元)年01月28日(土) 名古屋レインボーホール  01.Opening: THEME OF FATHER'S SON ②02.A PLACE IN THE SUN ②03.路地裏の少年 ②04.終りなき疾走  05.いつかもうすぐ  ①06.AMERICA ③07.HELLO ROCK&ROLL CITY  08.Tour Scraps ON THE ROAD '82~'86 までのFILMS ④09.MONEY ④10.DANCE ④11.片想い ④12.Medley:明日なき世代~八月の歌~BIG BOY BLUES  13.こんな夜はI MISS YOU (Video Clip) ※Studio Live ②14.愛のかけひき ②15.丘の上の愛 ②16.J.BOY ②17.DARKNESS IN THE HEART ④18.ON THE ROAD  19.Closing: THEME OF SAKURA  https://ja.wikipedia.org/wiki/ON_THE_ROAD_%22FILMS%22  No.⑥ 路地裏の少年 1988.8.20 渚園http://video.fc2.com/content/201103316AuXX63r  映像◆HELLO ROCK&ROLL CITY 浜田省吾http://video.fc2.com/content/201103270nMVdUxP  浜田省吾 - 丘の上の愛  映像◆浜田省吾『路地裏の少年 (ON THE ROAD "FILMS")』https://youtu.be/yeFEzyYoq0A  2012(平成24)年09月28日(金) YouTube公開  2019(令和元)年05月21日(金) 10,161,086回視聴  映像◆浜田省吾『MONEY (ON THE ROAD "FILMS")』https://youtu.be/AAUtTn26Aig  2013(平成25)年04月24日(水) YouTube公開  2019(令和元)年05月21日(金) 1,063,235回視聴  映像◆浜田省吾『片想い (ON THE ROAD "FILMS")』https://youtu.be/F7CfahQmWhg  2013(平成25)年04月24日(水) YouTube公開  2019(令和元)年05月21日(金) 15,553,521回視聴  映像◆浜田省吾『J.Boy (ON THE ROAD "FILMS")』https://youtu.be/VTZBsaxNNEY  2013(平成25)年04月24日(水) YouTube公開  2019(令和元)年05月21日(金) 1,412,471回視聴 『ON THE ROAD "FILMS" 』SHOGO HAMADA 浜田省吾  ON THE ROAD'86&渚園+a  ㊤↑映像◆◆https://www.youtube.com/playlist?list=PLmQIzKRWaBRXJzIaiExN_opUVkYYT_sSv  ┏━━━━━━━━━━━━┓  ┃ 『UNIVERSITY STREET』 ┃  ┗━━━━━━━━━━━━┛ ‡1979(昭和54)年05月21日(月)初リリース  1997(平成九)年06月04日(水)再リリース  竹内まりや♪J-Boy♪収録アルバム作品 杉真理:作詞&作曲  http://www.uta-net.com/song/62116/  http://www.uta-net.com/song/62116/   http://ja.wikipedia.org/wiki/UNIVERSITY_STREET  http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1279700532 ◆削除動画◆竹内まりや/ライブ(1981.12.22)厚生年金会館  https://youtu.be/68qXJTBOiSM  1981(昭和56)年12月21日(月) 厚生年金会館  FM東京で放送された休業宣言後最後のコンサート。カセットテープからなので多少ノイズあります。  ┏━━━━━━━━━━━┓ ①┃ ♪SOMEDAY♪ ┃  ┗━━━━━━━━━━━┛  1981(昭和56)年06月25日(木) リリース  1990(平成二)年04月21日(土) リリース 再発盤  ┏━━━━━━━━━━━┓ ②┃ 『SOMEDAY』 ┃  ┗━━━━━━━━━━━┛ ‡1982(昭和57)年05月21日(金) リリース  2002(平成14)年05月22日(水) リリース『SOMEDAY Collector's Edition』  https://music.amazon.co.jp/albums/B00FRC56PA ①https://ja.wikipedia.org/wiki/SOMEDAY_(%E4%BD%90%E9%87%8E%E5%85%83%E6%98%A5%E3%81%AE%E6%9B%B2) ②https://ja.wikipedia.org/wiki/SOMEDAY_(%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%A0)  ┏━━━━━━━━━━┓  ┃ 『VOICE PRINT』  ┃REBECCA 1枚目のアルバム作品  ┗━━━━━━━━━━┛ ‡1984(昭和59)年 5月21日(月) LP 15AH-1720 47位  1994(平成六)年11月 2日(水) CD(再発)KSC2-95 ※CD選書  2007(平成19)年 9月19日(水) CD(リマスター)MHCL-1160  2013(平成15)年 2月20日(水) Blu-spec CD2 MHCL-30014  https://music.amazon.co.jp/albums/B00FVH8YSM  https://ja.wikipedia.org/wiki/VOICE_PRINT  ┏━━━━━━━━━━┓  ┃ 『BLOND SAURUS』 ┃REBECCA 7枚目のアルバム作品  ┗━━━━━━━━━━┛LAST ALBUM ‡1989(平成元)年 5月21日(日) LP 28AH-5235 1位 ‡1989(平成元)年 5月21日(日) CD 32DH-5235  1994(平成六)年11月 2日(水) CD(再発)KSC2-103 ※CD選書  2007(平成19)年 9月19日(水) CD(リマスター)MHCL-1166  2013(平成15)年 2月20日(水) Blu-spec CD2 MHCL-30020  https://ja.wikipedia.org/wiki/BLOND_SAURUS  ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓  ┃ ♪ストレンジャー THE STRANGER♪ ┃  ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛  1977(昭和52)年09月29日(木)『THE STRANGER』 ‡1978(昭和53)年05月21日(日) JP released  ┏━━━━━━━━━━┓  ┃ ♪ルビーの指環♪ ┃  ┗━━━━━━━━━━┛  1981(昭和56)年02月05日(木) released  1981(昭和56)年12月18日(金)号『週刊朝日』23頁「忘年会で恥をかかないための'81歌謡情報 『ギンギラギン』に『ひとり旅』熟年泣かせの『ルビーの指環』」22-25  https://en.wikipedia.org/wiki/The_Stranger_(song)  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%93%E3%83%BC%E3%81%AE%E6%8C%87%E7%92%B0#cite_note-2 ☆寺尾聡の♪ルビーの指環♪ってビリージョエルの曲に似ている気がするのは私だけですか?  2008(平成20)年01月29日(火) 21:45:43   https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1414533729  ♪ルビーの指環♪はどーしてもストレンジャーなんですよ、僕には。パクったとは思ってませんけど、ストレンジャーなくしてルビーの指輪ができたのかどうか、仲良くなって是非作った当人に確認したいぐらい気になってます。ストレンジャーが77年、ルビーの指輪81年。出だし早々の口笛こそ吹いてませんが、ギターのイントロは音色も含めてイメージが重なりますし、楽曲自体の構成とリズムの切り方はほぼ同じ。そこそこテンポがあるのに哀愁が漂っているところも然り。決して偶然ではないと思います。僕はストレンジャーに触発されてルビーの指輪ができたと思ってます。人生劇場と青春の門みたいなもん。・・・どっちも読んだことはないけど。これはいいとか悪いとかではなく、しょうがないことなんじゃないかとは思いますね。どうしたって気に入った曲は頭から離れませんし、こういう曲が作りたいという積極的な意思を持つ場合だってあるでしょう。で、後から作ったほうがたいてい元ネタよりも劣っているのも、まあしょうがないところ。ただニッポンのみなさんが好む曲調だったとみえて、ルビーの指輪は大ヒットしました。もしインスパイアされてのものだったとすれば、売れちゃったことを作曲者はどう感じたのか。してやったりと思ったのか、多少の引っ掛かりはあったのか。なにせ俳優としては名優だったオヤジさんにもまったく劣らない超一流の人ですから、ここらもついでに訊いてみたいですね~。プロコルハルムが青い影をリリースしたとき、G線上のアリアにインスパイアされたと言ってたはずなのに、売れちゃったら  https://ameblo.jp/naovo/entry-11835306820.html   ・・・
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