知識と情報の小径【領収書編】

領収書にまつわる優れたコラムや興味深いコラムを紹介する小径です。

コラム 最近、いつまでも治らない風邪の後遺症と、足の調子も相変わらずで行き詰ってて・・。 また眠れない夜が増えました。 そんな時に、なぜか楽しかった大昔のことを良く思い出します。 今日は、どうでもいいそんな昔話なので、興味ない方はスルーしてくださいね。   20代のOLの頃の話です。 うちの部には、二つの課があり、私が一課だとすると、二課の課長になぜか私はすごく気に入られていました。 課が違うので、仕事で関わることはまずなかったんですが、飲み会などは一緒に行われていました。   私は男性のアシスタントをしていて、私の周りの男性達が外出中で私が一人の時に、決まってその課長は、私の前の席に座り、話しかけてきます。 「なぁ、〇〇(私のことを課長は苗字で呼び捨てしてました)、今度二人でメシ行こうよ。」   当時、携帯もパソコンもない時代、約束は口頭でするしかありませんでした。 そんな感じでいつも約束が成立して、何度も二人でお食事に行きました。 当時私、24歳、課長38歳。 不倫??いやいや、当時の私にとって、38歳はおじさん過ぎて、恋愛対象外でした。   いま思えば、課長は背も高くて、会社でも出生頭で、ちょっと遊び人の匂いがする、わりと強引な感じの人でした。 もちろん結婚して、子供もいた。 私はというと、今の夫と付き合っていたけど、まだ独身でした。   課長は、私を本当に色々なところに連れてってくれました。 カウンターの寿司屋が多かったけど、焼肉とか、ホテルのバーとか、新地のお姉さんのいる店とか。 バブルは弾けていたけど、まだバブルの名残がある時期で、接待費もわりとあったから、たぶん領収書は切っていたと思います。 帰りはいつもタクチケをくれるので、大阪から京都までタクで帰れて、帰宅もラクでした。   当時、課長がどういうつもりで私を誘っていたのか・・。 良くわかりませんでした。 たぶん、5~6回以上(もっと?)食事に行ったと思うけど、「いつか口説かれるのかなぁ?」と思う私の予想は外れて、結局一度も口説かれませんでした。(私に魅力がなかったのかも。) 課長との定期的な食事会が終わったのは、ある出来事がきっかけで。   12月のある日、また食事に誘われました。   「今度、クリスマスにまた食事に行こうよ。その時に、なんでも好きなものを買ってあげる。」 と言われました。 今まで、物をもらったことは一度もなかったので、「なんでも好きなもの」という言葉に私はひっかかりました。   今なら、ブランド物のジュエリーやバッグを平気でねだるでしょうが(おい)、当時の私はかなり純粋だったので、物をもらうことの対価は、おそらく・・・タダでは済まされないのでは?と思いました。 それに・・・。 当時、夫と付き合っていたので、クリスマスは当然、約束があったし、課長と会うわけにもいきませんでした。   考えた末、初めて私は、課長の誘いを断ったんです。 それ以来、課長が私を誘うことはなくなりました・・。   でも、今思えば、課長ってすごく紳士だったな、と。 なぜかって、それだけ何度も二人きりで食事に行って、しかも足はいつもタクシーでした。 携帯がないので、会社の裏口でいつも18時に待ち合わせして、そこからタクシー拾ってお店へ、というコースでした。 でも、タクシーの中でも、カウンターのお店で並んで座っても、ホテルのバーですごく近い距離に座ってても、指一本触れてきたことはないのです。 ああ、思い出したけど、一度だけ仕事中に、課長が、ある入院中の男性社員をお見舞いに行くと言い出し、同伴として私を指名してきて、二人で社用車で御見舞いに行ったことがありました。(今思えば、別に仕事中にお見舞いに行く必要もなかったのですが、課長が二人でドライブしたかっただけだと思います) その時も、ずっと車中、二人で並んで座ってましたが、何もありませんでした。   その後、私の人生で、色々なボスに付き、いっぱいセクハラとか普通に受けて、仕事中に手を握って来られたり、タクシーの中で、私の太腿の上に手の平を置かれたり、顔を両側から触られたり、はたまた飲み会でベロベロになり、腰や肩に手を回してくる人とか、色んな男性がいたけれど、課長は一切そういうことはしなかった。 誘い方はいつも強引だったけど、強引に何かされたり、押・・・
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